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008 傷心

last update Tanggal publikasi: 2025-11-27 11:00:08

 電車を降りると、見慣れた景色が広がっていた。

 蓮司〈れんじ〉から告げられた事実。

 それを受け止めきれずにいた恋〈レン〉だったが、10年後も変わらない街の雰囲気に、少しほっとした表情を見せた。

 そんな恋を見て、蓮司が優しく微笑む。

 夕陽を背にした蓮司の笑顔に、また恋の鼓動は早まった。

 何よ。蓮司さんってば本当、格好いいじゃない……未来の私、この蓮司さんに何の不満があったってのよ。

「蓮司さんは、その……未来の私のこと、もう好きじゃないんでしょうか」

「ははっ、剛速球が来たね」

 少しは動揺するかと思っていた。しかしそう聞かれることを予測していたのか、蓮司は笑顔でその言葉を受け止めた。

「僕は花恋〈かれん〉のこと、今でも好きだよ」

「本当ですか」

「うん。恋ちゃんに嘘ついても仕方ないからね。別れて何年にもなるけど、今でも僕は花恋が好きだ」

「だったら」

「でもね、さっきも言った通り。恋愛というのは、相手がいて初めて成立するんだ。僕がいくら想っていても、それだけじゃ続けられない」

「じゃあ、私が蓮司さんと距離を置いたってことですか? 蓮司さんの気持ちは変わってないのに、私が」

「いやいや、そうは言わないよ。花恋だって僕のこと、嫌いになった訳じゃないと思う。ただ好き嫌いだけで何とかなるほど、男女の関係は簡単じゃないってことなんだ」

「でも蓮司さんは私のこと、好きでいてくれてるんですよね。だったら」

「恋ちゃん」

 少し声を落とし、諭すように蓮司が言った。

「好き嫌いだけじゃない、今言った通りだよ。僕が花恋を好きだって気持ち、それは本当だ。僕は多分これからも、花恋の幸せを願いながら生きていくと思う。ちょっとストーカーっぽいけどね」

 茜色の空を見上げて蓮司が笑う。

「花恋以上に好きになれる人はいないと思うし、出会いたいとも思わない。でもそれでも、花恋とまた付き合うことはないと思う。恋愛って本当、難しいから」

「もし未来の私が、やり直したいって言ったら」

「仮定の話には答えられないかな。それにその気持ちは、花恋じゃなく恋ちゃんの気持ちだ。君は僕にとって大切な幼馴染だし、そう言って貰えて嬉しいよ。でもそんなことは起こらないし、万一あったとしても……ね」

 それ以上は聞かないでほしい。蓮司の心の声が聞こえたような気がした。

 恋は言葉を飲み込み、またうつむいた。

「まあ恋ちゃん、折角ここまで来たんだ。精霊に願いを叶えてもらう、そんな一生に一度あるかないかの経験をしてるんだ。このイベント、しっかり楽しまないと」

「私の願いは、未来を見ることじゃないんです。二人の幸せな姿を見て、二人を冷やかして、思い出話に胸をときめかせて……それが望みだったんです。それなのに……」

「難しいね、男と女って言うのは……いや、人と人ってのは、かな」

 いつも二人で歩いた道。

 それだけで、恋にとってこの道は特別なものだった。

 この道には、たくさんの思い出が詰まっている。

 時には言い合いもした。困らせたこともあった。

 笑った、怒った。そして泣いた。

 この道は私と蓮〈れん〉くん、二人の歴史そのものなんだ。

 それは10年後だって変わらない。

 ただ違うのは、もう二人で歩くことがないんだということ。

 そう思うとまた、瞳が濡れてきた。

 * * *

「ただいま」

 ドアを開けた蓮司と一緒に、見慣れた玄関に入る。

 すると中から、物凄い勢いで走ってくる女の姿が目に入った。

「蓮司くんおかえりっ!」

 声と同時に蓮司に抱き着く。その勢いに押され、恋は後ずさった。

「弘美さん、ただいま……って言うかそれ、やめてくださいといつも」

「なーに言ってるんだか。蓮司くんってば、私がいくら言っても帰って来ないんだから。こうして帰ってきた時ぐらい、蓮司くんを堪能しないとね」

 弘美と呼ばれた女が、嬉しそうに蓮司に頬ずりする。明らかに恋より大きい胸を押し付ける。

 その光景に圧倒された恋だったが、やがて我に返ると、顔を真っ赤にして声を上げた。

「蓮司さん! どういうことですか!」

「あ、いや、その……これは違うんだ」

「え? 何が?」

「あ、今のはその」

 蓮司が慌てて口を閉じる。恋ちゃんは自分にしか見えないんだった、そう思い笑って誤魔化す。

「そんなことより! 蓮司くん、ちょっと瘦せたんじゃない? ちゃんと食べてる?」

「食べてる、食べてるから。それよりいい加減離してくださいって、義姉さん」

「義姉さん?」

 蓮司の言葉を恋が繰り返す。

「まーたまたまた、蓮司くんには特別、名前で呼ぶことを許可してるんだから。義姉さんなんて他人行儀な言い方しないの」

「いやいやいやいや、普通は逆だから。名前で呼ぶ方が他人行儀だから」

「相変わらず細かいなぁ蓮司くんは。まあいいわ、今日はじっくり付き合ってあげるからね。その分だとどうせ、ちゃんとしたものも食べてないんでしょ。お腹いっぱい食べさせてあげるから」

 そう言って手を取り中へと進む。

 蓮司は「分かった、分かったから弘美さん、靴脱がせてよ」と苦笑する。

 黒木弘美。

 蓮司の兄、智弘の妻。

 蓮司にとって義理の姉に当たる女性との邂逅だった。

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